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大阪高等裁判所 昭和44年(う)1109号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人猪野愈作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意について、

案ずるに、原判決が、被告人小北は被告会社(被告人三洋土地株式会社をいう。以下同じ)の業務に関し、原判決第一の(一)記載のとおり、被告会社を建築主として店舗付木造二階建家屋一棟(建坪および二階坪各二七坪三勺)を共同住宅(階上、階下各八室)に用途変更して大規模の模様替および修繕をするに際し、所轄京都市建築主事に対し確認申請書を提出してその確認を受けることなく、工事に着手し、原判示第一の(二)記載のとおり、所轄京都市長から右(一)の違反を理由に右共同住宅につき使用禁止命令を受けたのに、この命令に違反して大字草平外六名をこれに入居させて使用したとの各事実を認定したうえ、右第一の(一)の事実につき建築基準法六条一項、九九条一項二号、一〇一条、同(二)の事実につき同法九条一項、九八条、一〇一条を適用して被告人らを処断したこと、ならびに、前記家屋は元来染色作業場兼住宅として利用されていたもので、右工事前は同法六条一項一号ないし三号所定の建築物のいずれにもあたらず、その工事によつて初めて共同住宅として同項一号にいう特殊建築物となつたことが証拠上明らかであるところ、原判決が大規模の修繕もしくは大規模の工事の前後を問わず当該工事の目的が右一号乃至三号所定の建築物にあたる場合は六条一項の適用があるとの解釈のもとに、原判示第一の(一)については同条項に違反するものとし、ひいては原判示第一の(二)の使用禁止命令も同法九条一項による適法有効な命令と解し、それぞれ、前記のとおり同法所定の罰則を適用したものであることは所論のとおりである。

所論は、同法六条一項が「建築主は第一号から第三号までに掲げる建築物を建築しようとする場合(増築しようとする場合においては建築物が増築後において第一号から第三号までに掲げる規模のものとなる場合を含む)、これらの建築物の大規模の修繕若くは大規模の模様替をしようとする場合……においては……建築主事の確認を受けなければならない」と規定しているところからして、右条項は「これらの建築物」すなわち当該工事前既に同条項の一号乃至三号に定める建築物となつているものについて大規模の修繕、模様替の工事をしようとする場合に確認を受けるべきことを定めていると解するのが素直な文理解釈であり、原判決が当該工事の前後を問わずその工事の目的が右一号乃至三号所定の建築物にあたる場合は六条一項の適用があるとしたのは全く御都合主義拡張解釈である、本件の如く当初右一号乃至三号に定める建築物のいずれにもあたらないものについて大規模な修繕、模様替をしたうえ用途を変更し右一号所定の特殊建築物とした場合は六条一項の適用がなく、また建築基準法八七条一項も大規模の修繕、模様替をすることなく単に用途を変更することによつて当該建築物を同法六条一項一号の特殊建築物とする場合の規定で本件について適用なく、結局、本件は立法の不備により建築基準法によつては規制しえない場面である、それが不合理であるからといつて合目的的に拡張解釈をすることは罪刑法定主義に反する、要するに、原判示第一の(一)の所為は何ら構成要件に該当せず、無罪とされるべきであり、ひいては原判示第一の(二)の所為も本来禁止しえないのに法令の解釈を誤つてなされた違法無効の禁止命令に従わなかつたというだけで、何ら罪となるものではない、従つて、原判決が右第一の(一)、(二)の各所為について被告人らに対し有罪の認定をしたのは建築基準法六条一項の解釈適用を誤りその結果事実を誤認したものである、というのである。

よつて案ずるに、所論は右の如く罪刑法定主義との関連において法解釈のあり方をるる述べ、原審の判断を攻撃するので、まずこの点に関する当裁判所の見解を明らかにしておく。おもうに、法の解釈とは法の内容を明らかにすることである。成文法は通常一般的抽象的形態をとつて将来発生することあるべき幾多の個別的事項に適用せられることを予想している。解釈はこの法の適用を可能ならしめるため、それぞれの法規の趣旨(目的)を予め具体化することに他ならない。このため用いられる方法として、本件の場合問題となるのは拡張解釈と類推解釈が考えられる。前者は法文の意義を拡張して解釈することが真に法の妥当な意味を把握できると考えられる場合にとられる解釈態度である。つまり文理上はある法規に包含されず、または包含されるか否か疑いのある事実について、その法規の語句を探求し合理的解釈を施した結果、その事実も法規の内容に包含されるという結論に到達する場合に他ならない。後者は、ある法規の語句の意味がその事実を包含していないことは確かであるが、しかしその法規から想定される一般的な法原理からみて、その事実と、法規に直接あてはまる事実とを区別して扱え理由がないと考えられるときに、なおその事実に対してその法規を適用する場合である。そして、罪刑法定主義の原則から許されないのは後者すなわち類推解釈であり、前者すなわち拡張解釈は、当該法規の文理や沿革を探求し、その法典中におけるその法規の地位や他の法規との関係をさぐり、更にそれらの法規の目的、保護法益などを考慮したうえで、なおその法規の用語の可能な意味の限界内にとどまるかぎり、何ら罪刑法定事義の原則に反するものではない。そして、この理は自然犯に関する法規であるといわゆる行政取締法規であるとによつて異るものではない。本件建築基準法が行政取締法規であるの故をもつて文理解釈に固執しいたずらに拡張解釈の不当をいう所論には賛成できない。むしろ、同法のもつ技術的性格からして、同法の個々の条文の解釈にあたつては、同法の目的、制度の趣旨、当該法条自体の目的、他の条文との関連等を広く考慮し、文理のみに拘泥することなく、目的論的見地から合理的な解釈をする必要がある。

そこで、本件についてこれをみるに、建築基準法一条は、同法の目的をかかげている。すなわち、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする」と。そして、同法は、この目的を達成するため、各種の規定を設けているが、さしあたり本件についてその適用が問題となりうる規定は同法六条一項および同法八七条一項のみである。そこでまず右六条一項についてみると、同条項は、建築主が同項一号乃至三号にかかげる建築物を建築しようとする場合(増築しようとする場合においては、建築物が増築後において一号乃至三号にかかげる規模のものとなる場合を含む)、これらの建築物の大規模の修繕もしくは大規模の模様替をしようとする場合、同項四号にかかげる建築物を建築しようとする場合において、それぞれ、当該工事に着手する前に確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならない旨を規定している。本件が右およびにあたらないことは明らかであるから、問題は右にあたるかどうかである。すなわち六条一項に「これらの建築物の大規模の修繕若しくは大規模の模様替をしようとする場合」というのは、(イ)当該修繕等をする前から一号乃至三号の条件を具備している建築物について大規模の修繕、模様替をしようとする場合に限る(所論の見解)のか、それとも(ロ)一号乃至三号のいずれにもあたらない建築物についてこれを一号所定の特殊建築物とするため大規模な修繕、模様替をしようとする場合(本件はまさにこれにあたる。なお、二号または三号所定の建築物とする場合には当然増築を必要とするので、にあたり、からは除かれる)も含まれるからである。そして、この(ロ)の場合においては用途変更を伴うことは必然である。そこで、用途変更に関する規定である八七条一項をみると、それは「建築物の用途を変更して第六条第一項第一号の特殊建築物のいずれかとする場合においては、同条(第二項及び第七項を除く)、第七条第一項……の規定を準用する」と規定している。これによると特殊建築物への用途変更についても、六条一項に準じて事前確認の制度を、また七条一項に準じて事後届出の制度をあわせ採用していることが明らかである。ところで、右八七条一項は六条および七条を全面的に準用しているわけではなく、六条二項、七項、七条二項乃至五項は準用から除外されており、しかもこれら除外された規定の内容は大規模の修繕、模様替を前提として切めて実現可能のもの(六条二項、七項)または工事後の検査、使用制限および各種書式に関するもの(七条二項乃至五項)である。これによつてみると、八七条一項は用途変更に伴い大規模な修繕、模様替を必要とする場合には適用されず、またその故に同条項にいう用途変更の場合には、事後手続を簡易化して届出のみで足ることとし、検査や使用制限はせず、書類の様式化も行なわなかつたものと思われる。要するに八七条一項は本件の如く元来特殊建築物でなかつたものについてその用途を変更して特殊建築物にするため大規模の修繕、模様替をしようとする場合には適用がないものといわざるをえない。

しかし、本件の場合、右のように八七条一項の適用がないことは明らかであるにしても、さらに所論のように六条一項の適用もないとし立法の不備をもつて片付けることは、法の解釈態度として余りにも不合理である。けだし、特殊建築物への用途変更のみの場合にも事前確認および事後届出の制度を設け建築基準法による規制の対象としているのに、その用途変更に伴ない大規模の修繕、模様替をしようとするときは却つて同法の規制外となるわけで、このような解釈に対して奇異の感を抱かない者はおそらくないであろうし、前記の如き目的をかかげる建築基準法もかかる解釈がなされることを予想しなかつたと思われる。

おもうに、同法六条一項一号にかかげる特殊建築物は、その敷地、構造および設備の如何が住宅等一般建築物に比しより多くのひとびとの生命、健康、財産の保全に影響のあるところから、同法上特にその規制が強化されているのである(これまでかかげた各法条のほか、同法二四条、三五条、三五条の二等参照)。既成の建築物について大規模の修繕、模様替を行なわないで特殊建築物へ用途変更する場合でさえ同法上前記の如き規制がなされていることもこの意味において初めて理解できるのである。ただこの場合は構造上さしたる変更がないのであるから、事前に新たな用途との関連においてその構造、敷地関係、予定された設備が相当であるかどうかにつき厳格な審査、確認等の規制をすれば足り(六条一項、三項ないし六項、八項の準用)、事後には届出手続のみを要求し(七条一項の準用)検査、使用制限等の必要はない(七条二項乃至五項の準用除外)としたものと考えられる。そうだとすると、さきに六条一項について挙げたの(イ)の場合(既に特殊建築物であるものについてする大規模の修繕、模様替)と八七条の場合とでその規制の寛厳にいくぶんの差のあるゆえんは主としてその構造に大きな変更が加えられるか否かによるものと思われる。そして、この見地に立つとき、本件がそれに該当するの(ロ)の場合をその規制の仕方においてのの(イ)の場合と区別すべき理由は全く見出しえない。むしろ用途変更を伴うことにより事実審査、事後検査の過程で敷地関係、設備等につき新たな配慮が要請される場面もありうるから、現実においてはの(イ)の場合よりも一層厳重な規制がなされて然るべきであり、この意味において六条一項にいう「これらの建築物の大規模の修繕若しくは大規模の模様替をしようとする場合」には右の(ロ)の場合を含むと解するのが相当である。

なお、所論は、六条一項が前記の場合にわざわざ括弧を付して増築の場合を含む旨規定しているのであるから、の場合にも、もし(ロ)の場合を含むとすればその旨括弧書きして明示すべきであり、そのような括弧書きのないところをみれば(ロ)の場合を含まないことは明らかであるという。しかし、六条一項により規制の対象となる建築物のうち同項一号乃至三号の建築物についてはそれぞれ所定の規模のものであることを必要とするところ、の場合、単に「第一号から第三号までに掲げる建築物を建築しようとする場合」との文言だけでは規模の点において右各号の条件を具備する建築物を新築する場合に限り、当初規模において所定の条件をみたさなかつたため同条項による規制の対象外とされていた建築物についてはその後増築により所定の規模に達する場合でもなんらの規制を受けないと解釈される余地が多分に存し、かくては両者の間で権衡を失するばかりでなく、同条項の趣旨をも没却することとなるので、特に括弧を付して右増築の場合も新築の場合と同じく規制の対象とする旨を明らかにしたと解すべきである。これに反し、の(ロ)の場合、用途変更が加わることにより初めて一号所定の特殊建築物となるにしても(既に同号所定の規模をもつものであることはいうまでもない)、「大規模な修繕若しくは大規模の模様替をしようとする場合」であることにおいて変りはないから、それが同条項により規制の対象となることはむしろ自明の理として、その趣旨を明示するための括弧書きの必要はないものとされたものと考えられる。従つて、括弧書きの有無を論じ独自の解釈論を展開する所論には賛成し難い。

してみると、原判示第一の(一)の事実が建築基準法六条一項に違反することは明らかであつてこれと見解を異にする所論はとうてい採用し難く、ひいては原判示第一の(二)に関する所論も前提を欠き採用できない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。(河村澄夫 滝川春雄 村上保之助)

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